『ゲームと金』

ビットコイン トレードグランプリ

ゲームと金の問題について思う所。

~賞金について~

えー、

ギャンブルおじさん木曽氏とJESUの騒動をずいぶんバカにしてきましたが、

そろそろ自分の意見というか見解も書いておくべきだと思いましたので、

書き留めておきます。長すぎたのでブログを使います。

その辺にあるであろう仮想通貨取引所のアフィリエイトは、

別に押しただけでは僕に金入らないので無視してください。


まず、というかいきなり根本的な話になるのですが、

木曽氏とJESUの双方に対して思っている事があります。

なんでこいつらは賞金を出す事自体を良かれとした前提で話してんだ? 

ゲーム大会に賞金を出す事が「良い事」なのか?という議論をすっ飛ばして

賞金の出し方を語っているのがあまりに見苦しく、バカにしていました。

またこれは、闘会議に限らずプロモーターやメディアやプロゲーマー

またはパブリッシャーに至るまで、

自分の身近な人間に対しては常に問いかけている議題でもあります。

そして自分が、賞金って何のために出すんですか?と聞くと

彼らは大体こう言ってきます

・スポンサー獲得のために
eSportsの社会的な地位の向上につながる
eSportsの認知度を上げるために手っ取り早い

・若者がeSportsに打ち込みやすい環境を作るため
(親に説明しやすい。等)

・話題性を作って業界を盛り上げて行きたい
・ゲームに打ち込んでいる人が好きでその姿を拡散したい、報酬を与えたい。

それに対する自分の返答を聞いてなお、

「それでも必ず今は賞金が必要である」と返してきた方は

今のところいらっしゃいません。


それでは一つ一つ普段通り答えて行きます。

「スポンサー獲得のために」

これは某有名プロモーターの方から伺った答えですが

あまりにも腑に落ちません。

スポンサーが大会をサポートする理由は様々かもしれませんが、

それが「会社」である以上、社の利益のためにしかお金は出しません。

そのルールに反している場合はそれはもうスポンサードではなく賄賂です。

また、利益を提供できない条件と知って事実誤認させるような勧誘もするべきではありません。

社の利益、とは、例えばディベロッパーとスポンサーの間にある癒着や、

なにかしらの人間関係もあるのかもしれませんが、

未来の話をする上でそういった特例で話す意味はないので、

一般的に見て「大会視聴者・参加者に向けてのコマーシャル」と見ていいはずです。

とすると、言葉を簡単にして「視聴率」と表現した時に、

「視聴率」と「賞金」の間にスポンサーを納得させるだけの因果関係があるのか?

闘会議で、賞金200万円のゲームが、賞品1000万ゼニー(ゲーム内通貨)のゲームに

大きく視聴率で差をつけられていたのは記憶に新しいですが、

この現実を前に

  賞金を出しておくことで御社の広告効果が伸びます!

  賞金の出ないタイトルでは広告効果が薄くなります!

こんな話、どこの企業に持って行っても稟議通りませんよね。

結局のところ、視聴率=広告効果を期待する上で、

賞金の有無なんてほとんど関係なく、

そのイベント、もしくはタイトルの過去の視聴実績や、

時期的なタイミングに依存する部分が大きいのは明らかです。

この状態でなお「賞金出したらスポンサーがつく」と言い張り

そのスタイルでスポンサーを集めようというのであれば、

最早それは「スポンサーからの信用=eSportsの価値を失墜させる詐欺」です。

まあ、賞金2兆円とか言い出したらさすがに視聴率上がるかもしれませんけどね笑

eSportsまたはプレイヤーの社会的な地位の向上につながる

・若者がeSportsに打ち込みやすい環境を作るため

(親に説明しやすい。等)

この辺りもよく聞きますが、

頭にプリンでも詰めてるんじゃないかな?って疑いながら聞いてます。

該当者の方申し訳ないですが、こういうのを聞いてる時、僕はバカにしてます。

お子さんをお持ちの方からはこういう意見が出てこないのが不幸中の幸いなのですが、

「お前ら本当に自分の子供が賞金目当てにゲームやるって言った時に賛成するんだな?」と、確認せざるを得なくなってきます。

1万歩譲ってPONOSのような雇用体系の整った企業に就職する事を目指して

いま目の前にあるタイトルで勝てるように練習したい」ならまだわかります。

そこには生活に対する保証があり、いずれ自分の家族を養う事もできる可能性がある。

行き当たりではなく連続して自分の信頼を保たねばいけないのと引き換えに、

連続した給与を得て家庭(肉親に限らず最小単位の社会)を構築していける力。

それを 社会的地位 と呼ぶわけですよ。

  道で2兆円拾った奴に社会的地位がありますか?

  仮想通貨で2億勝って仕事辞めたやつに社会的地位がありますか?

誰がどう見てもないんですよ。

そして若者とその親はそんなにバカじゃないから

自分の人生と引き換えにしてそんな道は選びません。

PONOSのような企業が増えてくる事を見越して、ならわかりますが

少なくとも『ゲーム大会の賞金』なんていうものは

社会的地位にも、若者の未来にも、1ミリも関係ない。

むしろ関係させてはならない部類のアイテムです。

・話題性のために必要
・一般人への訴求効果が高い

この辺もいわゆる業界人からチラホラ聞きますね。

これをその辺のクソパンピーが言ってくるならまだ笑ってられるんですが、

よりによって業界人が口にする頻度が高い部分に、悲しみを感じています。

「賞金額」なんていう中身のない飾りで何かを流行らせようとする事自体が、

本当に中身があるはずの、タイトル・プレイ・イベントetcに対して

無礼極まりない行為だという事を自覚していないのです。

「とりあえず賞金賞金言っといたらパンピーが見るやろwww」

っていうのは、一般人が陰で言うならまだわかる話なんですが、

業界人が表で言っていい事ではありませんよね。

しかも本当にそれを訴求の要にしてるのであれば末期もいいとこです。

人生賭けて作って下さったゲームタイトルがあって

人生賭けてプレイしているプレイヤーがいて

人生賭けてイベントを成功に導こうとするイベンターが居るわけです。

それらを前提に、賞金というアイテムで少しでも多くの方にその本気が伝われば…

という態度自体はわからなくもないのですが、

そうだとは到底感じ得ない語られ方をしている場合がほとんどです。

どうしても賞金をそのように利用したいのであれば、

筋道として、彼らの本気をいかに一般の方に伝わりやすくするか、を

最大限に考え実行した後で、最後の手段として刺身にタンポポ乗せる程度の話です。

最初からタンポポのデカさで刺身を売りに行くような態度は、

それに関わる全ての人の本気に失礼が過ぎます。

またその上で、実際に賞金額がこのような効果を発揮しているか?という疑問があります。

2兆円なら、いやせめて1億円ならまだ世間がざわつくのはわかりますが、

優勝した人間一人が200万円もらえる大会(自分には100%その可能性がない)って

よく年末年始とかのテレビである、クイズ番組の賞金200万円と何が違うんでしょうか。

それって、あなた方は優先してチャンネル回すんですか?と聞きたいです。


後半:そもそも賞金を出すべきではない理由がある

 

さて、ここまで、いわゆる「賞金を出す理由」について、

ごく一部の理由を除いて基本的にそれは幻想であると否定してきました。

しかし、実際にそのごく一部の理由のために、

または多少の不誠実さを持ってでも賞金に頼れば、いい結果がでるのか?

という事なのですが それは完全に誤りです。

なぜならば、ここまでの間、まだ自分は

『賞金を出すべきではない理由』

について触れていないからです。

極論、

【賞金を出せばゲーマーの社会的地位が上がって一般人への強い訴求が見込めて若者が

 将来に夢を持てるようになって業界が盛り上がってスポンサーがどんどんつく!!!】

とかいう寝言が全て現実になる世界線だとしても、それでもなお、

”賞金は出すべきではない”

そう思っています。

その理由を、できるだけ簡潔にまとめます(が、長くなります)。

賞金 だけではなくeSportsだとかオリンピックだとか

その辺の寝言を全部まとめたものだと思っていただければ読みやすいかと思います。


1・価値観

人の歴史の中で生まれた習慣や風習は、それぞれ文化としての意味・役割があります。

どんなに下らない・金を生まない風習だったとしても、

それぞれの文化には社会的な役割があり、それぞれが補完し合っています。

例えば、ババアがよく道端で井戸端会議をしている地域があったとして、

それ自体は何の価値も生まない無駄な時間だとしても

ババアがそこらへんに立っている事が防犯につながったり

それぞれの気休めや情報交換の場として機能していたりします。

そしてそういった文化や風習は、

大小問わずやがて必要が無くなった時に自然と姿を変え・または消え去っていくのでしょうが、

その必要性や役割を問わず一瞬にして文化を消し去る方法があります。

金です。

特に、「参加者それぞれが意義を自覚しないままに形成された集団が一方で社会的な役割を持っている」

というようなコミュニティ、つまり

「別に意味とかわからんけど楽しいからやってる」

「意味っていうか普通に好きなだけ」

「やりたいからやってる」

世間でいう所の、趣味。または何気ない日常の習慣がこれだと思いますが、

こういう場所にマネタイズの動きが入る事で

本人達は無価値だと思っている文化に、外側から価値が定義された時、

ここに何が起こるでしょうか。

もう単刀直入にゲームの話で書きます。

ゲームのプレイ、対戦そのものが好きでただやっていた方々にとっては、

プレイ・対戦・または勝とうとする事自体が価値なわけです。

好きなキャラで勝つ・ライバルに勝つ・ただ楽しくプレイしたいetc

それぞれの様々なあり方が価値として存在し、

そこに社会的な意味がないと本人は思っていたとしても、

自分で定義した価値のために、金を払い、時間をかけ、または人生を賭してきました。

しかし、そこに「金」という絶大な価値観が入り込んだ時に、

金の持つ力はあまりに絶大すぎるため、

多様性を認められていた価値観はどうしても金に集約されます。

「賞金1億ならユン使う」の発言をプロがして来た事は軽く衝撃的でしたが、

おそらく彼は軽口で言ったんだと思ってはいます。

しかし、この発言を受けて大騒ぎしない風潮が出来ている事は

自分にとって凄まじいインパクトがありました。

これは「金さえ積めば魂のキャラもなんもあったもんじゃなくなる」って事以上に

裏を返せば「今は金額少ないからそこそこでやってます」って事でもあり、

そこまでの自分たちの戦いも人生も全てを地に落とす発言だったと思っています。

本人にその気はなくとも、一般人はそう受け止めて疑問符を投げかけるべきです。

(そして本人から訂正があればそれでいいのですから、別に本人を責め続ける意味はありません)

この1回の発言がどうこう というわけではなく

実際に、金が絡みだしてからおかしくなった事はいくらでもあります。

自分の身に起きたこと代表的な事例だけでも、

1・ウメハラがランクマで俺と当たって手抜きをしてくる

2・SAKOさんが配信中に俺に負けてんのにまだペラペラ無駄口叩きながら対戦してやがる

3・大会用に○○さん対策がしたいから対戦してくれ、と持ちかけられる

1は今までウメハラと対戦してきてこれ以上の手抜きを感じた事が無い というほど酷かったですし、

2も、俺が3先か何かで勝ってるのにまだsakoさんはマイクつけたままペラペラしゃべってやがりました。

お前そこはakikiにマイク投げつけて黙らせてから本気でかかってくるとこだろ???とブチ切れてました。俺は。

3は、別に悪い気はしてません。対策相手に選ばれて光栄でもありますし、自分の勉強にもなります。

自分の行けない大会に、俺の攻略を連れて行ってくれ・・・という思いも少なからずあります。

しかし

今から殺し合いをしようっていう相手ではなく

他の誰かを頭に置いて「対戦しよう」と声をかける事って

今までの自分だったら、無礼が過ぎる。出直せ。と言っていたと思います。

格下だろうが格上だろうが、目の前の相手を一番に考えるのが対戦の礼儀で、

「今目の前にいるお前を倒したいから対戦してくれ」というのが当然だと思っているからです。

そうはいかない対戦があったとしても、それを相手に真正面から発言してくるっていうのは

さすがに無礼が過ぎます。普通なら。

しかし、自分も最近では、それを何とも思わず喜んで付き合ってる所があります。

自分も確実に感覚がおかしくなってきているのです。

これは金のかかった対戦じゃないから・・・

これは大会の練習だから・・・

そうやって軽んじられてきた試合をもう何度も目の当たりにしてきました。

この段落の最初の方に書きましたが、まさに、

『金という価値観が、過去の価値観=文化を踏みにじっている』と感じています。

そして忘れてはいけないのは

対戦は二人で作る物だという事です。

例え片方がどんなに純粋な真剣を望んでいても

片方がそれを練習としてしか捉えていなければ、そこには真剣は生まれません。

トッププロが見知らぬ一般人(サブ垢でやりました)に負けてなおペラペラしゃべってやがって、

だーれもそれに対して疑問を抱かないような状態がどれだけ異常で低レベルか。

sakoさんが悪いとかそういう話ではなくて、

それが普通になってしまっている全員の感覚がマジで狂ってます。ぶっ壊れてるぞ。本当に。

新宿で野試合してて強い奴が知らない奴に負けたら、全員軽くざわついて誰に負けたか確認してたし、

その時に負けた方に話しかけるやつなんてコントか青汁くらいしか居なかった。

ましてや負けた方がそのまま携帯で話しながらタダゲーで連コするとかどういう事だよ。

ぶっ壊れてるのわかりますよね?

これらの例のすべてが賞金(eSports)のせいだ、とは言いませんが、

我々が大切にしてきたはずの価値観が今まさに損なわれている真っ最中だという事には

疑いをはさむ余地がありません。


2.ゲーム=遊びの持つ社会的な役割・価値

ゲーム それを直訳すると 遊び です。

英和でいうと競技と訳される場合もあるでしょうが、

私たちの社会でいう所のゲームは、結局、遊戯なのです。

社会において、「遊び」がある事がどのような意義を持つか

それをもう一度考え直して頂きたいのです。

遊びだからこそ、社会のはみ出し者の受け皿としてゲームコミュニティが機能したり、

日常を真っ当に生きていく方々が生活の「遊び」として気軽に参戦してくれたり、

「たかが遊び」に間違えて人生を賭けてしまった人達の刹那の輝きが何よりも美しいのです。

eSports屋さんの話を聞いていると、

『ゲームはまだ社会に認められていない』

『一般人に力強く訴求していかなければいけない』

という前提で語られる事が多く、そのためにeSports推しや賞金を利用したいとおっしゃるのですが、

そもそも前提が間違えているのではないかと思うのです。

ゲームは、とっくに社会全体に認知され、ゲームそのものとしての地位を持ち、

一般人もダメな奴も立派な人も、みんな遊びとしてのゲームが生活にある、

既に誰かに無理推しされる必要がないほどの、立派な文化ですよ?と言いたいです。

そして、その社会におけるその立ち位置をゆるぎないものとしている要因が、

ゲーム=たかが遊び であるという事に他ならず、

たかが遊びであるという事自体がゲームにとっての価値であり、

社会への役割を果たす原動力なんではないかと考えています。

つまり、金のためにやるゲーム なんて、もうその基本からして破綻しているわけで

ゲーム自体の価値・役割を台無しにするものでしかないのではないでしょうか。


3・ゲームを競技として見た場合の競技レベル

最後に、仮にここまでのeSports屋さんの言い分を全て飲み込んで、

対戦ゲーム(この項では主に2D格闘ゲームの話になります)が競技としてマネタイズされ、

一般多数の方々がそれを視聴してスポンサーに還元するという流れが「アリ」だとした上で問題となるのがこれです。

今まで対戦ゲームの大会があんなにも光り輝いていたのは、

あくまでも「遊び」としてのゲームに本気を出しちゃった人達の命のろうそくがゆらめく様を見られたから です。

仕事として、金を賭けて、金のために戦う健常者として見た時に、

その競技レベルは「遊び」の枠ではなくて、サッカーやテニスやその他オリンピック種目等と比較されるわけです。

それらよりもハイレベルでかつ輝きを放っていて、さらに一般人に理解して頂かないと、

eSportsなんて一過性の搾取としてしか成立しないわけです。

すでに終わった試合に敬意をはらいたいため、具体的にアビゲイルがどうこうは書きませんが、

今我々の前で行われている2D格闘ゲームのeSports大会のほとんど(特にSFV)は、

「あまりにも低レベルで真剣に見れない」上に「一般人から見たら何がすごいのかさっぱりわからない」。

これが現状だと思っています。

第一線のトッププレイヤーがその辺のリーマンに負けて笑ってる とかは

あくまで遊びだからこそメリットとして受け入れられた事であって

プロ競技でこんな事があったら「なにその低レベルな争い?」という評価しか下りません。

2D格闘ゲームは、まだ、プロがどうこう言って賞金を奪い合ってスポーツと肩を並べるほどには、

技術や攻略が進んでいないのです。

そして、それを進めて一般化して行こうという動きがプロ側から果敢に行われているわけでもなく

むしろ一般人のライングループにプロが入ってきて知識乞食をしていたり、

ツイッターで同キャラ使いにハッシュタグまで作って攻略乞食してるプロがいるのが現状なわけです。

それらのプロは別に悪い事をしているわけでもないし、程度が低いという事でもありません。

自分が勝つために一番近い道を素直に進んでいる 当たり前の事です。

問題は、そういう段階にしかないプロ達を無理矢理スポーツ枠に嵌めていこうとする動きです。

例えば、ダルビッシュが #カーブの打ち方募集 とかしてるの見たことありますか?

草野球のチームに王貞治が来て、左投手ってどうしたらいいの?って聞くと思いますか?

それがごく普通に行われているのが2D格闘ゲーム(SFV)の段階であり、

プロだ賞金だeSportsだ言うような次元とは大きくかけ離れているレベルの争いである という事です。

もしもスポーツと肩を並べたい、なんならオリンピック種目に選ばせたい とまで吠えるのであれば

まずは競技レベルに目を向けて、eSports団体なりプロ選手なりが、

自分のレベルを上げる努力に加えてそれを業界全体の攻略知識としていく試みが、

もっと果敢に行われなくてはいけないはずです。

 

それなのにそれらをすっ飛ばしてオリンピックだの賞金だの言ってるからこそ、

どのプロ&プロ志望者も金と結果が必要になるため、

閉ざされたライングループで一般人に乞食してみたり

堂々とツイッターで知恵乞食してみたり、と、

本来するべき行動とは真逆の動きに走らざるを得ないわけです。

決して彼らが悪いわけではなく、そうせざるを得ない状況に追い込んでいるのが、

eSportsと賞金なのです。


賞金を出すべきではない理由 について

実際この10倍くらい書きたい事は溜まっているのですが、

とりあえずここらへんで一旦UPしておきます。

長すぎてツイッターにUPしようがなかったので、

このアフィリエイトだらけの仮想通貨ブログに投稿したことについては申し訳なく思っています。

多分この文章の下にも、投資は自己責任??wwwみたいな定型文が付くと思いますが、

あんまり気にしないでくださいw  長文になりましたが、あくまで記録としてここに記しておきます。

2018年2月17日 ヴォルデモート井上


【↓必ずお読みください↓】

投資は自己責任 というつもりはありません。

私が紹介した投資(取引所)で何かしら損害を負った方からは

それなりに冷たい目で見られる、もしくは罵声を浴びる、

時には返済??を要求される事があるものと考えています。

ただ、その際には何度も申し上げておりますように必ず【余剰金】の範囲での投資を

大前提としていただけるよう、切にお願い申し上げます。

お前のせいで負けたわ!!! と言われて

間違った紹介してすまん!失敗した!!俺も負けたけどそのうち奢るし飲みにでもいこかw 

と、この程度で(気持ちが)済む範囲の投資による苦情や罵声なら

いくらでもこちらの責任にしていただいて結構です。

が、明らかに余剰を超えた投資で人生に傷を負った事などを

いくらこちらのせいにされても、正直、どうしようもありません。

その点だけはご留意のほど、仮想通貨取引を楽しんでいただければ幸いです。


 

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